So-net無料ブログ作成
検索選択
なんちゃって音楽理論 ブログトップ

(続編は新ブログに!) ピタゴラス律に対する「素朴な疑問」 [なんちゃって音楽理論]

 【序論】種々の音律に対する現在の所感:

純正律:「自然発生的な」、言い換えると「一番偉い」音律、「全ての音律の源」、「全ての調性・和声音楽の源」、「普遍的」、「永久不滅」、「本来『標準』かつ『基準』音律の地位にあるべき」・・等々

その他の音律:純正律から派生したものである。

でも現状は?
 →何故か「ピタゴラス音律が出発点である」的な論調がやたらと目立つ。
  現在の日本製の高級電子チューナー(例えばOT-120)には、ピタゴラス律はプリセットされているのに、何故か純正律がプリセットされていない。
  (12ET値±14セントの位置に目盛り(指標)を付ける「純正長3度支援」と同じように、ピタゴラス値±22セントの位置での「シントニックコンマ支援」目盛りを付けてもらえるだけでも随分助かるのですが。)
   その他、不満を挙げれば本当に切りが無いほど出てくる現状・・一体誰の仕業なの?

       
 【第1部】ピタゴラス律に対するぶっちゃけた所感
 ピタゴラス律:純正律の構成要素の内の「純正5度」だけを「切り出し」て「単に(悪い言い方をすると「機械的に」)並べた」ものに過ぎないのではないか? という「素朴な疑問」が(音律を勉強すればするほど)沸々と沸いてくるのは私だけであろうか。
 それが故に、並べれば並べるほど、全ての調性・和声曲における支配音である基音(特に弦の開放音)との一体性(協和性)が無くなっていく(つまり「楽器が鳴らなくなってくる」)。
 →これって調性・和声曲の「音律」としてどうなの? という「素朴な疑問」が・・・。
    (ひそひそ・・そもそも「立派な音律」、「普遍的な音律」であるならば、ミーントーンの出現(いわば情報リーク)くらいで一旦「駆逐」されたり一旦は「忘れられ」たりしないのでは? との「素朴な疑問」が。)

 【第2部】「旋律用7音音階」としてのピタゴラス律に対する「素朴な疑問
 ネット上に乱立する「47(ヨナ)抜きのペンタトニック旋律はピタゴラス律から発生した(故にペンタトニック旋律の曲はピタゴラス律を使うべき)」なる説→明らかに間違いであろう(12ET擁護のためのディスインフォメーションの可能性あり)との思いが日ごとに増していく今日この頃。
 理由:47(ヨナ)音は、ピタゴラス律(的発想)では「いとも簡単に発生」する。
    つまり、1(基音ド)→純正5度(ソ)→2度(大全音のレ)→6度(ヨーロッパ音階のラ)→ピタゴラス長3度(基音と協和しないミ)→次が7度のシ(つまりヨナの内の「ナ」音)
 「協和しないミ」を使いつつ、導音として有用な次のシ(ナ音)を使わないなんてことが果たしてあり得るのか? という「素朴な疑問」に、(上記論者は)何も答えられないはずである。
 一方の4度(ヨナの内の「ヨ」)音は、基音ドの「下」に純正5度を1つ加える(つまり「並べる」)だけで、簡単に作れてしまう。
 参照サイト:
http://onkan.exinfo.biz/750/post_38.html

 これに対して、純正律を構成する源である自然倍音列の「低次倍音」には、4音も7音も無い!(下記url参照)←こ、これは!!!(但し、今の12ET擁護(ないし至上主義)の音楽教育システムが変わらない限り、「試験」には出ないかもw)
http://labocho.web.fc2.com/mt/harmonicseries.htm
 だからこそ、シ(長7)の音は、最初は音階構成要素ではなかった。かつ、シよりも「シ♭(短7)」の方が先に発見された/使われ出した(というのが「自然」な考え方なのでは?)。

 以上を総合すると、47(ヨナ)抜きのペンタトニック旋律は「純正律」から発生した。故に、ペンタトニック旋律の曲は純正律で歌うべき、というのが「自然かつ説得力のある」説ではないか、との思いが、音律を勉強すればするほど日増しに強くなっていく次第。
(ぼそぼそ・・・大体さぁ、ペンタトニック旋律使う曲の多くは「民謡」とか「民族音楽」とかじゃない、、、まずはそこに「気付く」ことから始めないと。)
 ※ 現在、旋律楽器関係のサイトでは、ピタゴラス律は「自然発生的な民族音楽や民謡の音階に近い」という説が取り上げられているようだが、音律論の分野では「音階に近い(ニア)」と「音階である(イコール)」とでは天と地ほどの差があることを意味する。逆に言うと、上記説は、ピタゴラス律が自然発生的な民族音楽や民謡の音階「ではない」ことを「自白」してしまっている(これが本当の「ニアミス」というやつである)。

余談:
 そもそも、ピタゴラス律(その旋律)を活用するのであれば、「主音と協和しない長3度(ミ)」を使う長調(旋律)よりむしろ、純正律の構成要素である「狭い短3度(ミ♭、いわゆるピタゴラス短3度)」を使う短調(旋律)を積極的に使うべきであり、「その方が自然」だよね? という発想が「自然」に沸いてくるはず、、、、でも、何故かこの点(言い換えると、ピタゴラス律を使用した曲は、歴史的には長調よりも「短調の方が多い」はずなんじゃないの?という視点)が注目ないし「検証(調査)」されることはない・・何故でしょうか?

蛇足:
「万物は数なり」と唱え(三平方の定理まで発見し)た(偉大なる)ピタゴラスは、純正律の色々な(もしかすると「あらゆる」)構成要素を「切り出し」て「並べる」実験をしたはずである。
(理由:もしも私がピタゴラスの立場だったら絶対そうすると思うから。)
 例えば、ピタゴラス自身が非常に重視した「5」の数の神秘性を検証するために、「純正長3度だけを積み重ねて音を出す」実験とか。

※ピタゴラスが行った実験に関し、いわゆる「大衆向けの書籍」では、錘(おもり)付きの多弦の楽器とともに描かれた有名な絵、これですね、
ピタゴラスの楽器.jpg
 この絵に基づいて(鵜呑みにして?)、「弦に付ける錘の重さの比率を変えることによって」音程がうんぬん・・と説明されている記述が多いのですが、こんな面倒な実験をする前に、まずは「モノコード(単一弦)」を「整数比で分割」して鳴らす実験をやるだろうってことくらい、常識人なら分かりそうなものですよね。

下記サイトの記述を引用させていただきますと、ピタゴラス(B.C.582頃~B.C.500頃)は、http://www.geocities.jp/hukuhuku_pii_623/newkodai.htm

---引用開始---

音程の協和度を弦の長さの比で説明したと言われてます。(後世の音楽理論に貢献)

---引用終わり-----
 

とあり、小生、「そりゃそうだよね」と納得してます。
url及び記述の引用が多くて恐縮なのですが、下記URLの記事では、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~aya-yu/index2.htm

---引用開始------------
古代の壁画や彫刻等の資料から、BC.3700年以前からギターに似た楽器はできていたと言われています。
---引用終わり------------
 とあり、要するに、ピタゴラスが音律に関する何らかの発表や提言等を行うよりも「遙か昔」から、古代の人々は「実践」して来たんですよ、楽器演奏を。 では「ピタゴラス以前は何の音律使っていたんでしょうかね?」ってことですよね。

【第3部】予めの防衛線(汗):
 今回のレジュメに対しては、(ピタゴラス律を非常に重視している現代の)擦弦楽器奏者からのクレームが来るかも知れないので、予め「予防線」を張っておきたい。

 純正律普及活動の第一人者でありVn奏者の(故)玉木宏樹氏がツイッターで「ヴァイオリンは本来ピタゴラス律的な楽器である(理由:調弦がピタゴラスだから)」旨をつぶやいていることは当方も承知しています。一方で、玉木さんは名著「古楽の音律」の復刊を希望されていましたので、この本の内容も熟知されていると思います。
 この本には何が書いてあるか、というと下記urlの記事な訳です。
http://meantone.blog.so-net.ne.jp/2010-07-01
---------------------
1 少なくとも18世紀中ごろまでは、ヴァイオリニストは一種の「純正律」ないし中全音律で演奏していた。 実際、
 1)彼らの長3度は純正であった
 2)シャープ音は、それと異名同音のフラット音より低く演奏された(たとえば和音ロ-嬰ニの嬰ニは、和音ハ-変ホの変ホより低かった)
ことを物語る証拠がある。
---------------------
ってことですよね。
 この本を読めば読むほど、ヴァイオリンは本来「純正律的な楽器である」と思えてしまうんですよね・・・。
 ただ、「現代」の(モダンの)オケでは「♯音が高く♭音が低い」ピタゴラス的な音階を使用しているでしょうから、どうしても「ピタゴラス律寄りの考え方」になってしまうんだろうなぁ(まぁ仕方ないですよね)、とは思います。
 でも、どうしても「思い」がよぎってしまうんですよ、、、「それで楽器が美しく鳴るの?」、「それって当時の名工(ストラディバリ「一族」、グァルネリ「一族」、アマティ、その他大勢)の想定範囲を逸脱しているのでは?」、「それで奏者は『音楽的に満足』しているの?」(ひそひそ・・それでは楽器が美しく鳴らないからこそ、音楽的に満足出来ないからこそ、大幅改造をしたりヴィヴラートを掛けているのではないですか? )って。

 以前に某有名オケの元主席チェロ奏者の方とお話をする機会があって、その方は、平均率(←律?)のピアノアンサンブルする時は「ピアノの音程を一切無視」されるんだそうです(汗)・・・で、思わず「それって「アンサンブル」と言えるんでしょうか?」と激しく問い質したくなった心からの衝動をぐっとこらえてw、「ではどのような音律で演奏されるのでしょうか?」と質問したところ、(若干怒ったような口調で)「純正調!」と仰ってましたので、ご参考までに(本当、これ「実話」ですからね)。

【第4部】「調弦がピタゴラス」=「ピタゴラス律的な楽器」のロジックは正しいのか?
 ヴァイオリン(属)の楽器の弦は「4本」ですよね。であれば、調弦時に純正5度(ピタゴラス5度)を積み重ねる回数は「3回」ですよね。
 つまり、ヴァイオリンならば、
   低音G弦
     ↓
  ピタゴラス5度調弦(1回目)
     ↓
          D弦
     ↓
  ピタゴラス5度調弦(2回目)
     ↓
          A弦
     ↓
  ピタゴラス5度調弦(3回目)
     ↓
          E弦

 で調弦終了ですよね。
 何が言いたいのかというと、ピタゴラス5度(純正5度)の「3回積み上げ」では、未だ「純正律の守備範囲」を脱していないんですよ。「4回積み上げ」て初めてピタゴラス長3度が発生しますので、ここで初めて「ピタゴラス的楽器」と言えるのではないかと。そのためには弦が「最低5本」必要ではないかと。ちなみにG弦とE弦の開放和音はピタゴラス「短」3度(正確にはオクターブ離れた長6度)ですが、この狭い短3度(広い長6度)は純正律の構成要素ですし、そもそも両端の弦同士ゆえ通常は同時には鳴らない(鳴らすことができない)ですよね。

 これに対して、でも「純正律ならば、通常はDAは22セント狭くするのでは?」との疑問が生じますが、タルティーニなどは実際そうしていたようですし(上記url記事参照)、そもそもそれは「ハ調」を基準とした考え方であって、実際、ヴァイオリンってハ調よりも「ニ調」の方が圧倒的に弾きやすい(はず)ですよね。
 つまり、ヴァイオリンの開放弦のGDAEは、
 これをハ長調読みすると「ソ レ ラ ミ」で、ハ短調をも意識して「度数」読みすると「Ⅴ Ⅱ Ⅵ Ⅲ」ですが、
 ニ長調読みすると「ファ ド ソ レ」で、度数読みすると「Ⅳ Ⅰ Ⅴ Ⅱ」なんですよ。つまり、主(ルート)音4度(「下」属音)、5度(属音)、大全音という音律の骨格が、全て開放音かつ「純正」で用意されており、しかも、西洋では大問題だったⅥ(ギリシャ音階vsヨーロッパ音階)や長短3度などの音程は奏者の音楽性に委ねられている訳ですよ・・・これ、実に素晴らしい調弦じゃないですか(これ書いている内に、長年放置状態にしていた家のVnを弾きたくなって来ました(笑))。
  ですので、タルティーニでもニ長調や二短調の曲を弾く時は全て純正5度調弦しただろう(言い換えると、「弾く曲の調に合わせて調弦を調性じゃないや「調整」していただろう」)ことが容易に想像できる訳です。

【第5部】では、弦が6本あるギターはどうなのか?
 ギターやリュートなどのフレット楽器では、5度調弦でなく専ら「4度」調弦を採用していますが、全ての隣接弦同士が4度調弦であれば「ピタゴラス的」楽器と言えそうですよね。でも、実際には、4回積み重ねる手前で「3度」調弦になるじゃぁないですか。つまり、ピタゴラス的な連鎖が(まるでピタゴラスの意思?を拒絶するかの如く)途中で「切れる」んですよ。

 こういったことを考えている内に、少なくとも「弦楽器」は、和声楽器か旋律楽器かの別を問わず、殆どが「純正律対応」の楽器なのではないか、「ピタゴラス的」楽器と言えるものは無い(あっても極く少数な)のではないか? などと悶々と(笑)考えてしまう訳ですよ。

【第6部】では、西洋以外ではどうなのか?
 その後色々と調べたところ、「ウード」というアラブの楽器(フレットの無い撥弦楽器)は、ピタゴラス的な調弦を行うようです。
 つまり、下記wikiの記事にあるように、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%BC%E3%83%89

常用の調弦は、低音側から
G A D G C F
とするようで、これならばA-D-G-C-Fの5本の弦は4度調弦ですので、ピタゴラス的な連鎖が4回続くことになります。
 但し、藤枝守氏の「響きの考古学」では、「アラブ人はピタゴラス音律には満足出来ず、ウードの調弦を通して、あらたな音程(中立音程)を求めて模索が続けられた」旨が説明されています。それと、フレットレスの楽器で指で押さえながら弾く場合、開放音に対してあまり複雑な比率の音程を使うと、そもそも楽器が鳴らないのではないか?との素朴な疑問が生じます(上記書籍では、この視点での考察が無いのが残念なところです。)

 さらに、音楽之友社により最初に出版された「響きの考古学(音律の世界史)」の巻末には、インドの音律(二十二律)のデータが載っていて、ここではピタゴラス律の音程も構成要素になっているのですが、純正律の音程も勿論使われていて、さらに中立音程(27/20,520セント)も使われていることが分かります。

(続く?)
続編は、新ブログの下記urlで書きました。
http://justintonation.blog.so-net.ne.jp/2013-06-11


nice!(0)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

「はじめに1本の弦ありき」~リセット?記念の空想詩~ [なんちゃって音楽理論]

 空想小説「はじめに1本の弦ありき」
----------


 神は初めに「1本の弦」を神の子人間に与えた。

 神は人に言った。「これで幸せになってみなさい」、「あなたがどれだけ幸せになることができるか、天から見とどけてあげよう」と。


 人は1本の弦の両端を両手で伸ばし、他の人に弾いてもらうことで音が出ることに気がついた。


 間もなく人は、1本の弦の片端を壁などに固定させることで、自分一人で音を出すことを覚えた。1本の弦の両端を弓矢の弓に結び付けて狩りを行う人もいた。

 弓矢の狩りを見ていた知恵のある人は、丈夫な板の上に、弦全体が浮くように1本の弦の両端を固定させることを考え付いた。これで、安定した音程が出せるようになり、人の両手が自由に使えるようにもなった。 この画期的な板は、後に「指板(fingerplate、fingerboard)」と名付けられた。

 人は、「もっと大きな音を出したい」と願った。人は、1本の弦を箱に付けたり、板の下に箱を付けたりすると音が大きくなることに気がついた。この画期的な箱は、後に「共鳴箱」と名付けられた。

 人は、「もっと色々な高さの音を出してみたい」と切実に願った。知恵のある人は、弦の張り具合を自由に調節する道具を考え出した。この道具は後に「ペグ(peg)」と名付けられた。

 さて、両手を自由に使えるようになった人は、弦を分割する位置を押さえながら弾くと、最初の音(基音)に対して秩序と調和のある音の高さ(音程)になることに気付いた。人は、これらの音の高さに「神」を見出した。人は「これらの音をいつでも出せるようにしたい」と強く願った。
 人は「その位置」に印を付け、板の上に細い棒を付けた。この棒はフレット(fret)と名付けられた。

 フレットは色々な位置に付けられた。どの位置にフレットを付けるかが最も大きな問題だった。この位置により人の文化が分かれて行った。

 色々な実験が行われただろう。
 フレットは、まずは弦を2分の1にする位置に付けられただろう(オクターブの発見)。
 弦を3分の1にする位置にも付けられただろう(純正5度の発見)。
弦を4分の1にする位置にも付けられただろう(純正4度の発見)。
弦を5分の1にする位置にも付けられただろう(純正長3度の発見)。
弦を6分の1にする位置にも付けられただろう(純正短3度の発見)。
 ・・・・・

 そして遂に人は音階を作った!

 人は神に感謝し祈った。「神さまありがとうございます。 私たちは貴方から与えられた1本の弦で音階を作ることができました。これから私たちは、この音階を使って天の世界を表現し天に捧げたいと思います。これからも私たちを暖かく見守っていてください。」

 人は1本の弦から生まれた音階を使って、1本の弦が張られた音響具(楽器)で様々な曲を作り、演奏した。
 この楽器は沢山作られ、互いに同じ高さの音に調節され、同時に奏でられることで多くの人を幸せな気分にさせることができた。でも、一人一つ以上この楽器を持つことが許されなかったので、一人のときには一つの音しか出すことができなかった。

 そのうちに、人は「一人で奏でるときも、大勢で演奏するのと同じような幸せな気持ちになれれば良いのになぁ」と思うようになった。そして人は考えた。「一つの楽器に張る弦の数を増やせば、もっと幸せになれるに違いない」と。

             (ここで昼休み終了(汗)・・以下続く?)
 

nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

昼休みつぶやきシリーズ「今後の実験予定(別名:頑張れ私!)」 [なんちゃって音楽理論]

 怠け者の私&日々の生活に追われる身であるが、どうもブログに書く(世界発信する)と実行力が増える(←見えない誰からからエネルギーをもらえる?)感があるので、「自己実現」したい事項は今後も出来るだけマメに書いていきたい。


今後の実験予定

ギターを「純正律」にフレッティングする実験
②(いわゆる閉鎖系の)不均等音律のギターにカポをしていって、響きの変化(バリエーション)と調の特性を検証する実験。

 以下、昼休みの時間に書けるだけ書く(←くうぅぅ、頑張れ私!(汗))


①ギターの純正律フレッティング実験
 ⇒この場合、禁則5度音程(D-A)と派生音の音程設定が大問題!

  但し、koten理論(仮説)では、禁則5度音程(D-A)に関しては、「4度調弦」のフレット楽器の方が、5度調弦のVn属の楽器よりも「有利」である、と考えられる。

 理由:5度調弦楽器では開放弦の並びが「下から」D-A(つまり「使えない5度」)になるが、4度調弦楽器では開放弦の下からの並びが「A-D」(つまり「それほど気にならない4度」)になるから。
  もっとも、名著「古楽の音律」によれば、歴史的大ヴァイオリニスト(タルティーニだったか?)でも、D-Aを1シントニック・コンマずらして調弦する人もいたようだ。 ⇒なので、それより(環境的に?)恵まれているフレット楽器ならば、1度は純正律フレッティングを試してみる価値がある、と断言できる(、と書いて自分を鼓舞する、、、くうぅぅ、頑張れ私!(笑))。

 ※ぼそぼそ・・・でも、自称真人間のkoten君は、「もう一工夫」するけどね(笑)
 (昨日の夜に仕込んでおいたので、早ければ今夜に実験できるかもしれない・・・うふふふふのふ(←不気味))。


②不均等音律のギターにカポをしていって、響きの変化と調の特性を検証する実験。
 例:
 ハ長調の曲を1フレットカポで弾く⇒嬰ハ長調曲になる(WTCで言えば3番)
 イ短調の曲を1フレットカポで弾く⇒変ロ短調曲になる(WTCで言えば22番)
   
 ト長調の曲を1フレットカポで弾く⇒変イ長調曲になる
 ホ短調の曲を1フレットカポで弾く⇒ヘ短調曲になる(受難の調?)
 
 予想:
  カポ無しは3度重視音律⇒1フレットにカポを付けた瞬間に、ピタゴラス系音律(5度中心主義)に激変(テレポーテーション、ワープ(笑))する。ゆえに不均等音律フレット楽器にとってカポタストは「魔法のアイテム」、謂わば「タイムマシン」や「どこでもドア」(爆)に等しい。
  ⇒そして最後に、したり顔でこう自慢するのだ・・・「ふっふっふ、貴方のギターでこんなことが出来るかい?」って(←うわぁ、我ながらヤな性格だねこりゃ(大汗)・・・いや、でも本当、それくらい書かないととてもやってられないっすよ、、、現代の「美しい和声と調性感」が失われてしまった「末期的」なこの音楽世界では。)


>「自己実現」したい事項は今後も出来るだけマメに書いていきたい。
・・・(ぼそぼそ・・「お金の奴隷」から解放されたい。そういう世の中になってほしい。「お金が全て」という世の中では駄目だと思う。)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

「時差の法則」について思いを巡らしてみる。(「地軸大変動」まであと8日(笑)) [なんちゃって音楽理論]

今晩のお題:「時差の法則」について思いを巡らしてみる。


時差の法則とは?

《自然界の例》
夏至(1年で最も太陽照射時間が長い日)⇒本当に暑い日(気温が高い日)は、数ヶ月遅れてやって来る!
(冬至についても同様・・要するに、「地面の熱」の蓄積/放出が関係している・・・んですよね確か(?))

《人間界の例》
今している努力 ⇒ 数ヶ月後~数年後に結実する!(結実させようとしている目標(のハードル)が高ければ高いほど、長い年数を要する。)
(要するに、「脳内シナプスの熟成」の関係か?)

これを踏まえて、
《音律界(笑)の例》
 新たに考案された音律 ⇒ その音律に完全に合う曲を実際に作れるのは、(つまり、新音律を「完全消化して血肉化」できるのは、)結構後になる(それまでは従前の音律の価値観にひきずられる)
 ということがあるのでは??

 例1:
 J.P.キルンベルガー(1721年~1783年、独)は、
 ①白鍵は完全な純正律+黒鍵は(ほぼ)ピタゴラスという音律(第Ⅰ音律、1766年発表)
 ②白鍵はほぼ純正律(Aだけ不正)、黒鍵は(ほぼ)ピタゴラスという音律(第Ⅱ音律、1771年発表)
 を新たに考え出し、「この音律で作曲すべし!」と主張した(←これが、後世まで(J.J.フックスの「Gradus ad Parnassum (1725年)」とともに)超ベストセラーとなり多くの作曲家に影響を与えた『純正作曲の技法』[Die Kunst des reinen Satzes in der Musik(1771年)])。

 (一方、この時代では、(他にも色々な(不均等)音律が考え出されたものの、)依然としてミーントーン(中全音律)が隆盛であり(←ですよね?)、この音律の「イデア」は、純正長3度が8つ、純正5度や純正短3度は無しで、1/4s.c.且つウルフ位置がG♯-E♭のものであった。)
 
 ⇒さて、実際にキルンベルガー自らによって作曲された曲は、上記第Ⅰや第Ⅱ音律に合致しているのだろうか? 依然として従前の音律(つまりミーントーン)の価値観にひきずられていたのではないだろうか?

(未確認「憶測(妄想?)」意見(汗)):何か「引きずられていた」っぽいのでは?

今度の「律マガ」で特集する予定のキルンベルガー音律関連の対比表を作ってみた。

音律比較表.PNG

(以下、第Ⅲ音律は除外して考えた話です。)
こうして表にしてみると、従来のミーントーンとキルンベルガーの(第Ⅱ及び第Ⅰ)音律とが「全く別物」であることが良くわかるであろう(ですよね?)。
 
 ⇒では、この音律(つまり第Ⅱ及び第Ⅰ)を実際に「完全消化して血肉化」して、この音律(の特性)に完全に合致した(鍵盤楽器)曲を初めて作ることができた作曲家は一体誰なのか?
 ハイドンか、モーツァルトか、ベートーヴェンか?(はたまた大バッハなのか?(キルンベルガー(第Ⅱ及び第Ⅰ)音律=バッハ音律なのか?))
(未確認「憶測」意見(汗)):良く分からんが、いずれにしてもショパンよりは前&「ドイツ人」作曲家ではないか、との感がある(所謂「愛国心」との関係で)。

 補遺篇(笑):先日のREIKOさんのレポでは、どうもベートーヴェンはキルンベルガーの(第Ⅱ及び第Ⅰ)音律と「心中している」(汗)かのような印象を受けた、、、なので「ベートーヴェン以前でキルンベルガーの(第Ⅱ及び第Ⅰ)音律を「血肉化」できた作曲家はいるのか? が今後の研究課題となるように思える。・・・一方で、案外「イタリア人音楽家」が怪しいという「匂い」を凄く感じるんですが(汗)・・・だってイタリア人音楽家は、アルベルティを筆頭として、アルベルティバスの曲や「もの凄い転調」する曲をこぞって書いてるじゃあないですか、チマローザの後期のソナタとかD.スカルラッティとか・・。あれ、でもキルンベルガー第Ⅰの発表(1766年)はスカルラッティの死後だな、年代が合わないや(汗)、後期バロックのフランス人作曲家の多くも晩年にアルベルティ・バスの曲書いてるしな(デュフリとかロワイエとか・・)、でもフランスはフレンチ・ミーントーン隆盛だよね・・・むむぅ、要するに、「アルベルティ・バスは音律とは直接関係ない」のか?・・ううん、訳が分からなくなって来た(泣&脳内CPUがフリーズ)。

 それと、キルンベルガー(第Ⅱ及び第Ⅰ)音律と心中(?)したベートーヴェンについては、「では彼のピアノ伴奏付きの旋律楽器曲(VnやCelloなどのソナタ、ピアノ3~n重奏曲)や歌曲はどうなのか?」、「それらについても、旋律楽器や歌にキルンベルガー(第Ⅱ及び第Ⅰ)音律による音程を『強要』したのか?」、さらには(ピアノを用いない)「弦楽合奏や交響(協奏)曲はどうなのか?」などの問題が残っているのではないか(ですよね?)。


 例2:
 ヨーロッパにミーントーンが導入(輸入)された際、大衆は純正長3度の甘美な響きに夢中になり、ついには(それまでの)ピタゴラス音律はすっかり駆逐されてしまった・・・と一般に言われている(ですよね?)。

 ⇒さて、実際問題として、この「過渡期」の頃は、どのような曲が作られていたのであろうか? 
 
(未確認「憶測」意見(汗)):この過渡期の頃の楽譜(特に鍵盤楽器用曲の楽譜)が公開されていると面白いんだけどなぁ・・・未だ表の世界では出回っていないか?
 それと、他の見解として、『ピタゴラス音律(中世)⇒純正調(ルネサンス)⇒ミーントーン(バロック)』と位置付ける考え方もあるようで、これだとピタゴラス音律を駆逐したのはむしろ純正調なんじゃないのか? とも思えてくる(いずれにしても、ピタゴラス音律を駆逐した犯人?は「純正長3度」であり、「ピタゴラス3度⇒純正長3度への移行期(激動期?)の曲が問題」ということには違いないのであるが(ですよね?))。 ルネサンス時代には「分割黒鍵」の楽器が流行っていたことも合わせて考えると、、『ピタゴラス音律(中世)⇒純正調(ルネサンス)⇒ミーントーン(バロック)』と位置付けるこの見解は、結構「妥当」なのではないか?(それと、「分割黒鍵がないと弾けない鍵盤楽器曲」ってあるのだろうか?&それこそが「過渡期の曲」って可能性はないか?)

 例3:
 19世紀半ばから平均律が隆盛し、(ピアノの大量生産化や世界大戦の「どさくさ」に伴って(?))、ついには他の音律が「駆逐」されてしまった。
 で、この過渡期には?
 ⇒無調、12音技法、ジャズ、・・・でも、これらが確立されたのは、平均律が「完全に定着された(いわゆる市民権を得た)後」と言えるのでは? (※19世紀半ばは、ヨーロッパ人は依然として純正な音律の「記憶」を持っていた、と言われている。(ちなみに日本は「鎖国」状態))

 なので、上記過渡期には、、、、(未確認の「憶測」):従来の音楽を新しい音律で「我慢しながら」演奏していたが、結局我慢できずに無調等に走ったってことか?・・そういえば「フランス人作曲家」がこの過渡期の頃に頑張っていた感があるな・・どうも「旋法」に走ったみたいですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%86%E3%82%A3


余談:
 (未だ標準音律として「蔓延」している)平均律(イコールテンペラメント)という音律の「特性」を「完全に活かしきった曲」ってのは一体どういう曲なのか?
 →そんな曲(メロディ?)って、学校の「校歌」や「児童の歌(童謡)」として歌えるのか?(「校歌」や「童謡」が「無調」や「12音技法」で作られるようになったら「世も末」では?)


上記キルンベルガー音律関連の対比表を再掲してみる。

音律比較表.PNG

こうして表にしてみると、「ミーントーン大好き!」というタイトルは、即ち「純正長3度大好き!」と言っているに等しいと思えて来た(汗)。 あと、キルンベルガー音律(特に第Ⅰ)って、この表だけ見ると「もの凄く素晴らしい画期的な音律」って思えて来ちゃうから不思議だ(笑)。

 論外音律についての「酷さ」は、この表でも良く分かる。 クラシック音楽界の「上の人」は、良くこんなの有り難がって使っているよなぁ(あきれ顔)・・・ま、今のクラシック音楽界は「平均律でも大丈夫な人だけ」が「生き残れる」ような「構造」になっているから仕方ないんだろうけど。だから、最終的には、その「構造」自体を(「下」からじわじわと)崩していかなアカンと思うわけですよ、私は。

nice!(0)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

「差音」と「禁則5度」と「キリスト教」 [なんちゃって音楽理論]

今回のテーマ:「差音」と「禁則5度」と「キリスト教」との関係を考察してみる (カテゴリ:なんちゃって風(?)音楽理論)

---【商業宣伝(コマーシャル)】-------
 本日(5日(金))から7日(日)まで、千代田区の科学技術館で「2010弦楽器フェア」が開催されており、クラシックギター製作界の輝ける☆である大西達朗氏が、古典音律化したフレッチングによる「うねうねフレットギター」を出典中です!
http://www.ricercare.com/JSIMA/fairinfo/fair2010/fairinfojp.html
 (ちなみにこのギターのフレッティングを設計(数値提案)したのはkoten君だという噂です。)

 古典調律に興味のある方は、この機会に是非どうぞ!
 (〔まぁや〕:何々!このブログ読みに来る人で「興味無い人」なんているのぉ?(汗) 【イッテツ】:モグ※だよな、そんな奴は(笑))
 p.s.:大西さん招待状ありがとうございます! 明日は一日仕事が入ってしまったので(泣)、日曜日に家族サービスが入らなければ伺います。行けない可能性が結構あるので、予めお詫びに大西さんの工房サイト張っときます。
http://www.geocities.jp/farniskoubou/

---【序論】-------
 導入ナレーター:
 (フェードインで・・)ぼそぼそ・・このブログは、コメント欄にコメントできる猛者ないし勇者(別名:真人間(爆))が立ち上げ当初から極めて少数であった(コメント書きっこ者は正に「エリート中のエリート!」(笑))。 なんたって、mixiのマイミクの人でさえ、多くの人が本ブログへのコメントをmixi内でひっそりと述べている現状だもの・・マイミクの人、何という体たらく!(爆)
 しかしながら、先日ついに、新たなコメント勇者が現れたのだ! その名も「夢笛myu」さん!! (パンパカパーーーン!!)。おめでとうございます! あなたがEnriqueさん、てですこさん、ぺかっちさんに続く4人目の「真人間」です(爆祝)
http://meantone.blog.so-net.ne.jp/2010-10-31#comments

 夢笛myuさんは、差音について実に分かりやすく解説していらっしゃいます。
http://blog.goo.ne.jp/keimaro45/e/3c61d546b83b8660b84f02903b5ffd87


 さてさて、「真人間」が次々に降臨しそうな予感がしている今日この頃、いよいよ本ブログの「新たな伝説」がここに始まる・・・・・かもしれない(←【イッテツ】:オイ、何だよこの最後の弱気モードは(汗)・・こいつ「体たらく」!(爆))


--これより本論を開始します。まずは配布資料をどうぞ---
【レジュメ】
 「差音」は比較的近年になって登場した「理論」のようだ(音楽史では後記のように、G.タルティーニ(伊, 1692 - 1770年)が「最初の発見者」と言われている。)
 (ちなみに現在、色々なサイトで「これでもか!」というくらいの難解な理論が展開されている(汗))
 しかしながら、「耳の良い」演奏者は、そんな小難しい理屈抜きで、「差音」の存在にとっくの昔から既に気付いていたのではないか?
 ⇒その典型例が「リコーダー(アンサンブル)」奏者であることが今回判明した。(マイミクの「とい」さん、夢笛myuさん、など)

 さて、普通の人なら「これにて考察終了」である。しかしここから一歩先を深く洞察してみるのがkoten君の偉いところ!(爆)(←【イッテツ】:自画自賛かよオイ(汗) 〔まぁや〕:「レジュメ」なんだからこんな記載不要よね・・)

   ⇒そうするとさぁ・・・もしかして、オルガン奏者も「差音」を知っていたんじゃない? という疑問が新たに湧いてくる(疑問というよりは「確信」に近い。それと、実際は「洞察する」というより「インスピレーションが湧く」と言った方が適切かも)。

 禁則5度の周波数比(振動数比)っていくつだっけ?
 ええと、27対40だよね、確か。
 (純正5度(3/2)×シントニックコンマ(80/81)=40/27、うん合ってる。)

 では、この禁則5度から生じる『差音』は?
 40-27=・・・13 、、、、おおお『13』、キリスト教の禁忌の数!(←「ff」で読んでね)
 もしかして西洋音楽では、13:27:40の響き、さらにはキリスト教の禁忌数である13が出てくる和音を嫌った?
 ⇒それで(この禁則5度が3つも使われる)純正律は、少なくともオルガンや持続音系の楽器で嫌われた(ないしキリスト教信者の間では「タブー」扱いされた???)?? ええええ、そうなのかぁぁぁぁあぁ??
 これが為に「鍵盤楽器で純正律(Just Intonation)の話しは無し!」というのであれば、それはそれで納得できるかもしれない(何せ西洋は、ホテルやビルの「12F」の上は「14F」にする程に「13」を嫌うらしいし。)。
  
 実際に出してみよう、高音域での27:40(⇒13)の響き!
 ⇒ローランドの電子チェンバロC20で音律「JUST」、音色「オルガン1」で弾くと、鍵盤の真ん中から少し上側の「B♭-F」の禁則5度を鳴らした時に何か「それらしき音」がする。(大して気にならないが)

 でもさぁ、実際、ハイドンやモーツァルト、その他の大勢の作曲家がクラヴィーア(クラヴィコードやフォルテピアノなど)の曲で使ってるじゃん、禁則5度DA。
 ※もしかして西洋音楽のルール⇒差音が目立つ高音領域では駄目、「低音」領域のみで「例外的」に使用可ってことかぃ?
   ↑
クライマックス!


 【ティーブレイク!】
 ①タルティーニはオカルティスト?
 「差音の発見者」とされているヴァイオリン音楽の大家であるG.タルティーニ(Giuseppe Tartini, 1692年4月8日 - 1770年2月26日,イタリア、下記サイト参照)は、「悪魔のトリル」の話でも知られているように、結構「オカルト的」な雰囲気が感じられる。もしかして上記「13」と関係している?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%BC%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B

 ②あれれ、トランプでは「13」が使われているぞ!?
 西洋のトランプは1スートが13枚じゃん!これ一体どう説明するの!?という反論が来そうだ。しかしながら、トランプの起源につき諸説あるものの、現在の研究では「西洋起源」ではなく、東方に発生したものが欧州に移入されたとする点で一致しているようだ(下記サイト参照)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97

 さらには、西洋ではトランプの11,12,13の表記を各々J,Q,Kに変更することで、「13」という数字(表記)を回避した、という説もありますね~。

 ③何故に西洋では「13」が忌み嫌われるのか?
 「13の不吉性」につきこのサイトとか結構面白い。探せばもっと出て来そうだ。
http://okwave.jp/qa/q5182965.html

【追記補足】
 夢笛myuさんが「mixiにアクセスできない」とのことなのでmixiでの密談(?)を要約しますと、マイミクといさんの、
 『リコーダーなどバロックアンサンブルで演奏していると、差音はものすごくはっきり聞こえる。リコーダーアンサンブルは差音が聞こえることによって音程が合っているかどうかを確認する。』
 との「目から鱗」情報に対して、私が、
 『言われてみると、リコーダー2重奏の楽譜って、正真正銘の「2声曲」ですが、鍵盤楽器の2声曲とは全然違うなぁって前から感じてました。
 具体的には、鍵盤楽器の2声曲は低音パートで基音が要所要所に配置されているのですが、リコーダー2重奏曲の楽譜は、何か低音側の基音が少なくて、「下声側も良く動く」&「3度6度のハモリがやたら多いな(汗)」と感じてました。これってもしかして、「リコーダー2本の場合、「差音」がハッキリ聞こえて基音(ベース音)が聞こえるから、下声側の基音を省いても大丈夫」ってことですかね(?)・・だとしたら凄く納得です。』
 って答えました。

----
【シナリオライターから一言】
 現代の高度に情報化が進んだネット社会では、他の人、他の分野の知識を参考にして、知識を自分の脳内(神経回路、シナプス)に可能な限り矛盾のないように構築して行くことが求められているのかも知れない。勿論、脳内矛盾が生じた場合は、直ぐに反省、検証して原因を究明し、納得行くまで修正していくことが必要だろう。そうやってコツコツと積み上げて行く内に、今まで分からなかった「何か」が、ある時突然に、まるで難解なパズルのピースが鮮やかに組み上がったかの如く分かってくる。「あっ、こういうことだったのか!(目から鱗)」と。この知的快感が得られる瞬間が最高に面白い!
・・(ふっ)21世紀はそういう時代なのさ。

【まぁやからのお詫び】
 〔まぁや〕:ごめんなさい、明日仕事で朝が早いので、今回はレジュメ形式で終わってしまいました。

 それでは皆さま、良い芸術の秋を!


nice!(0)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

「平均律(12等分律) = 怪獣ヤメタランス」の巻 [なんちゃって音楽理論]

登場人物:
 koten(筆者)
 純正 一徹(イッテツ) (kotenの学生時代の大先輩でピタゴラスを崇拝している。「一徹」の名前の由来はkotenと同世代ならわかるだろう・・・そう、あの伝説の「ちゃぶ台返し」の人である。)

koten:さて、今日もやってまいりました。「ミーントーン大好き!」のコーナーです。ええと、お便りが来てますね・・・ラジオネーム「匿名希望」さんからです。『昨日のブログの最後のタグに書かれている「ヤメタランス 平均律は怪獣「ヤメタランス」」ってなんですか?』 ですって。
これ、イッテツさんが書いたんですよね?(汗)

イッテツ:おぅ? 今の若い人は知らないのかなぁ、怪獣「ヤメタランス」。あれはウルトラマンシリーズの中でも傑作中の傑作だったのに(下記サイト参照)。
http://pulog1.exblog.jp/3513399/

koten:私も覚えていますよ。ウルトラマンシリーズの殆どの怪獣の名前は忘れてしまったのですが、バルタン星人とヤメタランスだけは一生忘れられないですね(笑)

イッテツ:ヤメタランスが地上にガス(ヤメタランス・ガス)を放つと、それまで元気だった人間のやる気が急に無くなってしまって、みんな「や~めた!」って言って怠け人間になっちゃうってやつね。あの「や~めた!」の響き(イントネーション)は生涯、いや、例えあの世に行っても決して忘れられないだろうな(爆)

koten:そうそうっ、で、それが平均律とどういう関係があるんですか?(汗)
イッテツ:お前さぁ、分かっているくせにオレに言わせようとしているだろ?

koten:だって私の口からは言えませんよ、色々な業界からクレーム来そうだし。
イッテツ:ったくしょーがねーな。いいかみんな良く聞けよ、一回しか言わないからな!

koten:いや、匿名希望さんにだけで良いですから・・
イッテツ:滅茶苦茶重要なんだよ、これは! 平均律のフレット楽器(特にクラシックギター)や鍵盤楽器を熱心にやっていた人ならみんな経験しているだろ? クラシック曲を一生懸命譜読みして練習しても、「思ったより感動できない」とか「この曲イマイチ」とか「この作曲家の作品はどうも好きになれない」とか「最初は良かったけど直ぐ飽きた」とか感じることをさ。特に、古い音楽になればなるほどそうなるってことをさ。

koten:そういえば私も昔はそうでしたね・・・
イッテツ:そういう経験を積み重ねている内に、「へっ! どうせ練習しても幸せ(ハッピー)になれないだろうよ」ってんで、レパートリーを拡げるための譜読みとかしなくなっちゃうんだよね。フレット楽器や鍵盤楽器なんて、((故)レオンハルト氏が述べていたように、)もう殆ど「無尽蔵」に曲があるのにさ、人類の宝(いわば知的遺産)が山ほどあるのにさ、、、その多くが発掘されないで眠ったままなんだよ。 挙げ句の果ては、「この曲は幼稚だ」だとか「現代では弾く価値がない」とか言っちゃってさ。それもアマチュアだけじゃなくてプロまでもがだよ!ここで実名挙げて羅列してやろうか?

koten :あわわわ(汗)、、止めて! 駄目です!! あまり過激な発言は謹んでくださいよ・・・
イッテツ:(泣き声で)うるさい! こういう発言は「命張って」発する覚悟が必要なんだよ! お前も「mixiの脱・平均律のコミュニティーでは限界がある、コミュの管理人さんに迷惑をかける」っていうんでこのブログ立ち上げたんだろ。いいかげん覚悟を決めろよ。
koten:ぐぐぐぅ・・・

イッテツ:まずは音律を疑え! 曲や作曲家のせいにするな! ましてや「自分に才能や腕や経験がないから」などと卑屈になるんじゃない! 繰り返すが、「ま・ず・は・音・律・を・疑・え!
 この不況で暗~い世知辛い世の中、どうして古楽の人達だけあんなにエネルギッシュに活動できているのか? を良~く考えてみるんだ! 考えて分からなかったら、このサイトの「古楽入門」を読むべし。
http://www.allegromusic.co.jp/toppage.htm

イッテツ:古楽(鍵盤楽器)の最先端の奏者は今どうしているのか? 彼らは、「その曲がどういう音律を前提として書かれたか?」を曲毎(←作曲家毎にではなく曲毎)に必死になって研究しているんだ。 それくらい音律は重要なんだ。
 そして、平均律は「怪獣ヤメタランスが放つガス」なんだ! それしか使っていないと、知らず知らずの間に体を蝕んで「どうせやっても無駄だろう」人間になってしまうんだ!! ・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・(←わなわなと全身を震わせているイッテツ、ここで暗幕&影ナレーション)。


----エピローグ----------------------
koten:どうもお疲れさまでした~。
イッテツ:いやぁ、ワシももう歳だね、、、あの内容で昔なら、「ちゃぶ台返し」3回くらい出来たのに(笑)。

koten:ところで、ここ2回ほど暗いテーマが続いているんですけど、紹介文通りにもっと「明るく楽しく」できませんかねぇ~。
イッテツ:「明るく楽しく」を実現するために、まずはお前さんのその体に溜まった鬱憤を全部はき出しっちまうことが必要だろうな。 読んでいる人は多少不快かも知れないが、まぁそこは個人のブログということで我慢してもらうということで。
koten:御免なさいねぇ読者の皆さん(汗)。

イッテツ:って言うかさぁ~、読者が少ない今の内だけだぜ、言いたい放題言えるのは。今の内にコメント欄が炎上しかねない話題を全部ぶちまけっちまおうぜ!(爆)
koten:それ、沢山有りすぎて困っちゃうんですけど(爆)。音律問題は余りに根が深いですからね~(汗)。

イッテツ:お前さんA型だからなぁ。「あの時あの人はこう言った」ってのを全部覚えているのな(笑)。音楽の話題については特に。
koten:そうそう、そして「オレそんなこと言ったっけ?」って返すのが決まって※(←ピー音)型!

イッテツ:あはははっ、お前、どうでも良いところで※(←ピー音)にするのな(笑)。
koten: いやいや(汗)、これも音律と同じように根深いものがありまして・・・ともあれイッテツさんが親分肌のO型で良かったですよ、これからも宜しく御願いします!

イッテツ:任せとけ! いざとなればオレが幾らでもフォローしてやるから、お前は自分の感性を信じて自由にやれや。
koten:有り難うございます~ うぅん、人の心が身にしみる~(嬉し泣き)


イッテツ:そういうわけで、○○大学古典ギター倶楽部の現役生達よ~、、、ポピュラー曲も良いけどクラシック曲(ソルとかタルレガとか)もしっかり練習してくれよな~ 7月3日(土)の公開部内演奏会聴きに行くからよ~頑張れよ~!!

koten:(ぼそぼそ・・でも最近みんなクラシック弾かないでポピュラーに走っちゃってるからなぁ(泣))
イッテツ:お前、最後くらい明るく締めろよ!(笑)
                                続く?
nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽
なんちゃって音楽理論 ブログトップ
うねうねフレットギター 古典音律フレット 非平均律フレット楽器 古典調律鍵盤楽器ブログを作る(無料) powered by So-netブログ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。